僕はアルバイトで世界的に有名なゲイの聖地と呼ばれる"オックスフォードストリート"にほぼ毎日足を運んでいた。
オックスフォードストリートは300mほど続く一本道で、飲食店、カフェやバーにマッチョなゲイや、リタイアしたゲイのおっさんたちがそこで昼間からビールを飲んでいる。
よーくお店の中を覗くとあちこちで男性2人が仲良く座っている。
手を繋いで歩いている光景もよく目にする。
信号待ちや、テイクアウトの列で待っている時にカップルを観察していると、ゲイの中でも男女の分類があるように見える。男の男、男の女というような感じで。
週末の夜になると、レイザーラモンのようなポリスの格好をした男、マツコデラックスのような衣装と化粧をした男などが通りを自信満々で歩いてクラブの中へ入っていく。
なんと説明したらわかりやすいだろうか、「カーニバル」のような華やかな色合いが建物の至る所に装飾されていて、落ち着いた色合いの街並みであるシドニーにとって、オックスフォードストリートは特殊なエリアだ。
僕のホステルはオックスフォードストリートから徒歩10分ほどのキングスクロスと言う場所に位置し、そこにもゲイ、特に「リッチなゲイ」が住んでおり、朝起きて散歩したらゲイがいる、スーパーに買い出しに行ったらゲイがいる、シムに行ったらゲイがいる、夜はホステルの外で友達と話していると話しかけてくるゲイがいる。。そんな感じだ。
キングスクロスのジムでトレーニングしている男のなかには、シリコンか何かを注入して異常に大きくしたお尻にピチピチのパンツを履いて強調させながらトレーニングしている人がいたり、
唇がプルップルの男が、下着くらい短い丈のパンツにドクターマーチンのブーツという格好でダンベルを持ち上げていたりする。
「ジムのサウナに入る時は襲われないように気をつけろよ」とホステルで同じジムに通う奴らに冗談で言われたこともあった。
キングスクロスは、オックスフォードストリートから近いためゲイの影響が色濃く残るのかもしれないが、オックスフォードストリートほどではないという印象だ。
ここの地域に住んでいるゲイたちは
「見て!俺はゲイだよ!綺麗でしょ!みんなテンション上げてこ!」
というように格好と態度の主張が激しく、自信満々に歩いており、周囲の人間も「それがシドニーのゲイってもんでしょ」みたいな雰囲気で受け止めている雰囲気を感じることができるから、
「シドニーはゲイにとって本当に過ごしやすい街なんだろうな」とつくづく感じる。
少し前置きが長くなったが、これから僕がよく通っていたオックスフォードストリートにある「Tiramisu Lab」というカフェの話をしていこうと思う。(和訳でティラミス工房、ティラミス研究所。)
でもこの長い前置きのおかげで、Tiramisu Labが一体どんな雰囲気の場所にあるのか皆さんになんとなくイメージしてもらえたと思う。
Tiramisu Labは、「オックスフォード村」というオックスフォードストリートの中心にある小さなモールの中にあった。
そこのモールは一階のみの小さなモールだが、Sushi Trainというお寿司屋さん、語学学校、スーパー、サンドイッチ屋さん、マッサージ屋さん、病院、靴直し、ゲイだらけのジム、近くに大きな警察署などが密集しているため、僕がTiramisu Labへラテをテイクアウトしに行くと、まるでニューヨークの地下鉄のように色んなタイプの人種が集まっていた。
オックスフォードストリートだけでもかなりのカフェが存在し、当時どのお店に行けばいいか迷っていたのだが、僕よりシドニーに長く住んでいるルームメイトのペドロが「ここに行くといいよ。カプチーノが美味い」とTiramisu Labを勧めてくれたことがきっかけで、そこへ行くことに決めた。
さっそくランチタイムにコーヒーをテイクアウトしにそのモールへ入ると、入り口手前にピンク、紺、白が基調のデザインに黒い文字で"Tiramisu Lab"と書かれたお店があった。
「あ、あそこか。ペドロが言っていたの」
お店へ向かうと、
「よ!調子はどう?」
スキンヘッドで160cmくらいの男が首から細いシルバーのチェーンをつけ、左の二の腕に大きなドラゴンのタトゥーが入ったムッキムキな男が僕にそう言ってきた。筋肉でTシャツがピッチピチだった。
「いい感じ。ラテを一つ下さい」 僕はそう言うと、
「ラテね、分かった」 と答え、彼が$5.50と書かれたカードリーダーを差し出して僕がそれをピッとやると、すぐにガン!ガン!ガン!ガン!とバリスタマシーンに取り付けるコーヒの粉が入っているシルバーの容器の中身を、すごい勢いで茶色い筒状のゴミ箱のような容器に叩きつけて中身を捨てて、空になったそのシルバーの容器を再びバリスタマシンに装着した。(ちゃんとしたバリスタマシンでやってくれるニュージーランド、オーストラリアのカフェは、このコーヒーを淹れる前のガン!ガン!ガン!ガン!っていう音をよく聞く。)
彼がコーヒーを作っている間、お店をキョロキョロと見回した。
「座席は2つあるけど仮みたいなものでスペースも無いから、大体の人はテイクアウトしてそのままどこかへいくんだろうな。」
「お、真後ろは寿司屋だ。」
彼の方に視線を戻すと、"Tilamis"とお店の名前にもなっているように、カウンターのショーケースにいくつかのティラミスケーキが配置されていた。彼の体格の大きさ、オーラに圧倒されて今まで気づかなかった。
美味しそうな、おしゃれなデザインのケーキではなく、お弁当箱のような形の厚紙のケースにずっしりとした見た目のクリームや生地が埋まっていた。
「一体なんなんだこれは。まさに筋肉野郎が作ったケーキって感じだ。」
もっとこのお店の雰囲気を掴みたくなり、お店に貼られてあるメニューの看板や張り紙などの情報を見ていると、「プロテイン入りケーキ、鍛えた後にこれで回復!」という張り紙が貼られていたり、同じモール内にあるジムの割引クーポンとかが置かれていた。
プロテインケーキ、マッチョな店員、ジムのアフィリエイト、何となくお店の雰囲気が掴めてきた。
あのマッチョな店員さんが、僕に赤いのテイクアウトのカップを差し出して、
「はい、ラテだよ。ありがとうベッロ。」と僕に言った。
「ベッロ。彼はイタリア人だ。このコーヒーは期待できるぞ。」
僕はホステルでよくパスタを作っているが、その最中にイタリア人はちゃんと作れているかじっと見てきたり、見ているだけでは抑えきれずに僕の料理を修正してきたりする。懲りずにパスタを作っていると、ちゃんと教えたことをやっているか入念に確かめられる。「なめらかさが足りない。もっとチーズを入れてフライパンを回せ。絶対フォークでチーズをかき混ぜるなよ。フライパンで回してかき混ぜるんだ」とよく言われた。
「よく言われた」というのは、1人のイタリア人だけではなく、友達になった奴らほとんど全員が同じことを言ってくる。これは誇張ではなく僕が体験した事実だ。
そういうなんというか、ある特定の分野(パスタ、サッカー、コーヒー、ピザなど)には非常に強いプライドがあるように感じられるイタリア人が作るコーヒー。
「ここでそんなイタリア人が作ったコーヒーを飲めるなんて」と自分の中でそのコーヒーへの期待値を上げてから飲んでみた。
僕自身もバリスタのレベルが高いことで有名なニュージーランド、オーストラリアでほとんど毎日コーヒーをテイクアウトしていたから舌が肥えているという自負もある。
飲んでみると、
「うまい、最初に入ってくるミルクがすっごく滑らか。そしてカフェインが濃い」
のちにTiramisu Labの店員さんに話を聞くと、「デフォルトでショットを2つ入れているんだよ」と言われた。
やはりムッキムキな男が群がる地域ではこれぐらい強いコーヒーを入れて当たり前なのかな。
僕自身も濃いコーヒーが好きだし、味も良かったので、その後も何度も何度もそこへ通いコーヒーを入れている間にだんだんとイタリア人の彼と会話ができるようになってきた。
彼はここで13年間働いていたり、子供が2人いたり、ラテにティラミスのパウダーを秘伝の味として入れていたりしたことが分かった。
英語が便利だなと思ったのは、こういうカジュアルな会話が必要な時に別に適当なことを言っても適当に返してくれるから場がシーンとなりにくく、その場のテンションが落ちずに暖かいテンションを維持しやすいことだと思う。
「今日雨降ってて寒いからいつもより多く着込んできたぜ」 「ヤー。俺はいつも熱いコーヒーマシンが近くにあるから半袖だぜ。」
この雑な会話を当たり前のように受け止めて返してくれるところが、自然と自分も口数が多くなるし、シーンとしない空気を保ち続ける事ができる。
シーンとしているのが気持ち悪いから何でもいいから口から音を出して雰囲気を繋ぎたいという文化も何となく感じられるし、英語圏はたくさんの人種が集まっているから、そもそもたくさん会話をしないと相手の雰囲気が掴めないというのもあるのかもしれない。
その日もいつも通りTiramisu Labへ向かうと、すぐそこにあるジムから来たであろう、これまたマッチョで片耳にピアスをしていて、立ち振る舞いや、極端に短い丈のパンツを履いた、いかにもゲイな常連さんっぽい男がマッチョなイタリア人の店員さんと話していた。
お互いに軽く目で挨拶したが、この時にジム帰りの男に対して軽く嫉妬している感情が出たことに気づいた。それだけ自分はこのお店を気に入っているんだろうなと客観的に理解できた。
そしてイタリア人の店員さんのほかにも3人働いていて、コロンビア、イタリア、チリと気さくなラテン系の店員さんたちで構成されていたから、そのカフェに行くだけで「カフェイン以外の人間の情熱的なエネルギー」ももらっていた。
その3人もゲイで、最初に会ったマッチョなイタリア人だけがストレートだった。
コロンビアのゲイの店員さんは、坊主頭でこれまた筋肉がわかるようなピッチピチのTシャツにジーンズというシンプルな格好なんだけど、やっぱりどこか綺麗というか、美的センスを感じる。
いや、美的センスというよりも、筋肉があるからスタイルが良く見えて「美しい」と感じるのかもしれない。エネルギーもハキハキしていて僕の何倍もあったから、顔を見たり立ち振る舞いを見るだけでも元気をもらえるし、いつもニコニコしているから僕にとっては「ポジティブなエネルギーを摂取しにくる場所」でもあった。
ちなみに、イタリア人の店員さんのコーヒーが一番美味しい。それを彼自身も自覚しているのか、僕の顔を見かけると奥でケーキの製造作業をやめて、「俺がやる」と言ってさっきのコロンビア人の店員さんに違うことをやらせて僕のためにコーヒーを作ってくれる。
この瞬間に「あ、こういう気遣い、対応ができるから13年もここで経営できているんだな」と何となく感じることができた。
冒頭にも書いた通り、ここオックスフォードストリートにはたくさんのカフェが存在する。色々と試す事はできるけど、やっぱり「エネルギーに満ちている店員さん」「お客さんである僕のことを気にかけてくれる姿勢」とかを考慮すると、お金を落とすならここのカフェがいいな。切実にそう思い、ここに通い続けていた。